中国から「こんにちは!」 



2003年 12月25日(木曜日)


前回予告の病院編

11月下旬のこと、風邪をひきました。
その時会社の総経理(日本では社長のような人)が親切に薬をくれました。
彼は中国人で、その薬は良く効くからといってくれたのですがこれがまず体に合わなかったみたい。

夜寝る前に(本当は食後に飲むもの)飲んで寝たらすぐにお腹の中が大合唱。
その時は腹痛はなく、ただ単にお腹の中でぐるぐる音がして夜も眠れないほど。で、朝起きて普通に仕事へGO。

ところが、時間が経つにつれ激しい腹痛が私を襲う!しかも下腹部。これはずーと音の鳴っていたとこじゃないか!
でも我慢して仕事してたら(って特にやることもないんだけどね)総経理が特に仕事もないんだから今すぐに病院に行きなさいと。(知ってたか、暇してるの)

で、市民病院へ。ここには保険コーディネイターのウェルビーが入っていて通訳もしてくれるから安心だからっていう総経理の指示で行ったんだけど、ここで海外旅行傷害保険の有難さを今更ながら感じました。

診察や全ての検査、薬代などすべてキャッシュレス。貧乏の私でも安心してみてもらえるのだ!

で、その時の診断は急性腸炎。こんなに痛いものなんだと知りました。
でも風邪も引いてるって話もして、それからお医者様から喘息が少しありますと日本に居るときに患ったあの忌々しい病名を言われた私はショックを受け、その上にお医者様からはあなたは高血圧だとも診断され成人病を宣告された私は少々うろたえてまったよ。

その後点滴へ。

これは以前中国人の友人が体調を崩したときに行った病院でみたんだけど、中国では肘うらではなく手の甲に点滴をするので、ベットに横たわってってわけじゃなく沢山の人が点滴室とやらで椅子に座って具合悪そうな表情で受けているの。
だから私もかなぁって思ったら、さすが保険の威力!私はすでにVIP対応を受けていて、検査ひとつに行くにもそのVIPフロアーのエスコートがつく。
だから点滴も美しい個室で、電動リクライニングのできるベットに横たわり、テレビを見ながらゆったりとした気分でうけることが出来たの。

いやぁみなさん、絶対に保険には加入してから海外旅行はすべきだよ!これはツアコン時代から言ってたことなんだけどキャッシュレスのお陰で、金額を気にすることなく病気を我慢することなく治療を受けることが出来るの。

その後は面倒な薬を貰いに行くんだけど、ここでもエスコートが代わりに貰ってきてくれるから私は待合のソファでゆっくりテレビを見ながら待っていればいいのよね。

いつも貧乏くさい自分が少し偉い人になった気分を味わえた病院体験でした。



2003年 12月3日(水曜日)


久しぶりぶり!!私は生きてるよ〜!!
今月から新しい会社で頑張っているよ。ここ上海では転職するのはそんなにイメージ悪くないからみんな簡単に職変えするんだけどね。

私は出来るだけ沢山の経験をしたいからたぶんこれからも転職を簡単にするだろうと思うけどね・・・そういうとこって中国万歳って感じだよね。

とうとう冬がやって来た〜!!
街中にはオバちゃんシャツやオヤジシャツが豊富に売られている。
かっこいいマネキンも可愛い中国の女優もこの季節にはこの宣伝に一役買う。

日本じゃ考えれらないけど、ここでは恥ずかしいものではありません。
オバちゃんシャツも市民権を得ているのだ。
私もかなり愛用しております!
この季節に上海に来たら是非ともお土産のひとつに加えて欲しいと思います。

久しぶりに上海の、というか、中国のすごいのをご紹介してみるね。
それは今月のある日、私の今の上司と出張で蘇州に行ったときのこと。
列車の硬座は最悪と以前から知っておりましたが、今回は行きも帰りも硬座。

金曜日のその列車は、上海の流行のものを田舎で売るっていう商売をしているらしき商人でごった返している。
硬座の指定席を持っているが、いつもの事、知らん中国人が当たり前のように座っていてしかも偉そうに切符の番号を確認までする。
どう見たってお前の席ちがうやんかぁ〜!

そしてお向かえ側に座っている老人は眠りこけながらヨダレをダラ〜っとたらしている。
この混雑の中、もし一緒の駅で降りるなら、このヨダレを私の洋服にもおすそ分けをされてしまう〜!!
いろいろ考えていたら気分が悪くなった。
でもこっちもコックリっとしてきたその時、そのじいさんの隣の男が物凄い音を立てる貧乏ゆすりをはじめた!
私はたまらず「何の音だ!?」って中国語をわざと言ってみたりした。
が、そいつは止めない!
丁度私の目の前に座っているのでとうとう私は足で蹴飛ばしてやった!

下車するときも一苦労。出口にたどり着くまでのほんの数メートルが大変。
上海で買い出した商品が通路に山になって並んでいる。それを大股で越えていく。
出口付近の列車連結部分が喫煙所。
そこに下車予定の人、タバコを吸う人、そして荷物の山。そんな人がひしめきあっているところをトイレに行かせて〜って通る人。隣でカップラーメンにお湯を貰いに行く、そしてお湯を入れて戻ってくる・・・
あ〜もうメチャクチャ!!ギャー!私は目つきも悪くなってきた。
独り言も増えていく。叫びだしそうなその時、列車は到着した。

最悪なのは帰りも硬座だって事。
あ〜あ・・・しかし私のイライラがひどかったからか、上司もこれからはこの列車の硬座は絶対にやめようって言ってた、かなりビビりながら・・・

中国って本当に強くなるよぉ。遠慮してたらいつでも後回しだもんね。
並ばない、待たない、譲らないって3拍子揃っているのが中国人。本当に自分本位の人種。
だから私たち日本人も反対に楽かもしれない。
そうやっても周りから悪く思われないんだもんね。
だから私も以前以上にやりたい放題の女になってしまったよ。

中国の男性の日本の女性イメージはアクマデモやまとなでしこ。
でもそれは昔の日本の女性だと私の知っている中国男性には教えて回っている。
今の日本女性は上海女性と変わらないよって。

しかし、私が怖いと思っているのは以前はたくさんの不思議を感じてメールしていたのに、今は不思議と感じなく、当たり前と思っていること。これでは日本に帰ったときにそのギャップに苦労するだろうなぁと今から心配している今日この頃です・・・

次回はtaezo医者に行くの巻き!だからね。



2003年 4月16日(水曜日)


先週末に親友の中国人と小旅行に行って来たよ。

今が旬の筍料理を目指して上海より一路230キロ向こうの杭州の安冶という田舎の町へ。

私達二人とも大の筍好き!
こちらの「上海ウォーカー」という雑誌で取り上げられていた料理がどうしても食べたい!
その料理とはいたってシンプルな筍の少し細めのをそのまま茹でたって感じのものなんだけど、やはりそれは新鮮なものだけができるものって事で中国でも竹林で有名なその田舎に行ってきたのダ。

最初は1泊2日の予定でした。
しかし、天候に恵まれず観光も十分にできなかったのでもう1泊増やして翌日は観光と、目指すその料理の所在を遂に雑誌社まで電話して出かけました。

ところが!
昼食にその料理を食べようと行ってみたのですが「ない」との一言。
一応その村の4ツ星ホテルなんだよね。
それがなに?平日の忙しそうでもないその店で売り切れ?
それはないよ!!で、諦め切れない私達はその日の夕方にはあるからという言葉を頼りに観光に出かけたの。で、約束どおりに夕方に現れた私達にまたもや「ない」とかおっしゃる。遂に切れたよ私は!女二人だと思って舐められてるんだよって友達に言い、彼女からも中国語で切れてわめいてもらいました。すると・・・あったよ。なんだよぉ〜やっぱりあるじゃんか!本当にムカツイタよ!

で、その日もやはりバスがなくなりもう1泊することになったのよ。それがそもそもの間違いで、その夜大変な事が私達を襲うのでした・・・・・・



2003年 4月10日(木曜日)


いやいや悪い!私ったら前回約束していた学校での合唱コンクールの話をしてなかったねぇ。ではここでお伝えしま〜す!

まず日本と違うところ・・・参加したくないなら出なくていいってとこ。
日本なら全員参加の義務?みたいなものあるじゃない。それが嫌〜ってクラスは普通に授業が行われる。
その次に違うところ・・・ピアノ演奏なんてない。
各クラスが用意したカラオケCDを使うか、なんかワケのわかんないクラスは下手なギターだけの伴奏にあわせて歌ってた。
笑っちゃうのがカラオケDVDのところなんかは舞台にその画像まで出ちゃうんだからみんな歌ってたりして・・・で、曲は中国のものというのは決まっている。
その次・・・歌だけではない。なんかわからん詩の朗読もあった。
で、審査員は別室で・・・てなお決まりの時は生徒の有志が中国舞踊なんかを見せる。
っとまぁ奇妙な大会なのだ。
で、我らのクラスはテレサ・テンが歌った「甜蜜蜜」という歌を披露!担任が燃えちゃて、彼女が男女のパートを分けるんだけどそれが練習の度に変わるからみんな大変。当日は歌詞カードなんて見るな!との事でみんな自宅で必死で覚えたんだ。
だからそのお陰で今はスラスラと歌えるよ。私の唯一歌える中国語の歌になりました。

そして結果は・・・我がクラスは堂々の第3位となりました!!
その日は先生のアイデアでみんな服の色を合わせようということになり、なんだかんだとしているうちに女子はお揃いのスカートをってことになってクラスメートが2日かけて手縫いで作ってくれたそれを履いて登場!場内はオーって感じよ。

賞品は学校特製の飾り物を頂きました。

その後も留学生のクリスマスパーティでも歌わされて、その際は景徳鎮の器を頂きました。
なんだか思い出の品がいっぱいの合唱コンクールとなりました。



2003年 4月9日(水曜日)


お元気かしら?私はこの寒い一人ぼっちの上海でなんとか生きておりす。
1月21日〜3月24日まで大阪の某スキーツアーを扱う旅行会社でバイトをしてお金を溜めてまた上海に戻ってきたのです。
でも学校はとうに始っており、離れていた分だけ友達の様子も変化をしており困惑をしております。
つまりは現在は本当に学校では一人ぼっちで過ごしております。
でも其の分割り切って勉強に専念できるって感じでそのように神様が導いていったのかもしれないね。
以前の私はハッキリ言って遊びみたいな時間にほとんどを使っていたみたいなとこあるからね。
罰だと思わないでこれはラッキーと思うようにしようとしております。
しかしーここ上海に春は来るのかねぇ・・ってな具合の気候です。
謎の肺炎についても謎だから本当のよく分からないから防ぎようがないね。
なんだか先日は上海でいよいよ1名の死者がでたって、でも日本から仕事で来た人は2〜3人だと言う。
中国ではヤバイ話はすべて隠されてしまうからホントの話は闇の中なのサ。
でもやはり一番神経質なのは日本人。こっちへの出張を見合わせたり、駐在員は一時帰国をさせられたり、空港でマスクをして現れるのは日本人だけだと言われているような状態。

あ〜それから面白い話。先日知り合いの日本料理のママさんからそのビルの中の会社が日本人のバイトを探しているからどう?って話があって、でも私は昼からしか行けないからどうかなぁっておもいながら会社名を聞くとなんとあの浜崎あゆみのエーベックスジャパンの上海支社。
で、無理だけど一応面談をしたの。で、びっくりはあんなに大きな会社なのにここでは小さな事務所でその代表が一人とあと中国人を一人雇っているって感じで・・・まだこれから始まるところで、プロモーションとかに忙しくなるって言ってた。
まぁ予想通り半日では駄目と言う事になったんだけどね。でも知り合いになったのでこれも縁だから大切にしていこうと思うわ。



2002年 12月18日(水曜日)


  日本の皆さん、元気?
そっちはますます寒くなってきただろうね。
こちら上海も寒い!そのうえ私の苦手な空調での暖房なもんで、すぐに喉をやられて日曜から月曜にかけて体調も最低!いよいよ風邪を引いてしまったよ。
しかし中国の風邪には中国の薬とは良く言ったもので、本当に薬を飲んで一日寝てたら良くなってしまったよ!
で、中間テストについてだけど私たちヒヨッコクラスは3教科の授業があるのでもちろんテストも3つ。
一つは口語と言われる会話のテストもうひとつは読み書きの文法的なテスト、それと聴力のテスト。
口語は面接方式。これは我らの担任の教科で、先生がくじ引きを作ってきていて引いたくじに質問が書いてあってそれについて答えると言う感じ。
読み書きは普通のテスト。 聴力は先生が読んだ内容にあったものを4択で答えるみたいな感じ。
聴力はみんなの結果があまり良くなかったので先生が自分の教え方が悪いのだろうか・・とかなり落ち込んでいたよ。
私は全体からまぁまぁの成績かな?
一応みんなより1ヶ月遅い入学だから先生も誉めてくれたよ。
でも、だからこれからが大変なんだよね。
みんなと同じスタートでの次回の期末では必死に頑張らないとね!!
明日は合唱コンクール。
次回はこれについてお伝えしようね!



2002年 12月1日(日曜日)


  先日の杭州旅行の話をしましょう。留学生の団体でバスは9台くらいかな?2泊3日の旅でした。
日本の学校の旅行とは違うのは、行くのは行っても先生から何も指示がない旅行で、みんな勝手に集合時間まで遊びなさ〜いっていう感じ。
だからみんな困っていたよ。それで昔を思い出してにわかツアコンになってしまった。
でも言葉が不自由なツアコンだから大変!英語なんて通じないよ!
言葉の大切さをひしひしと感じた旅行でした。

で、面白いのはバスの中。
おやつが毎日配られるんだけどペットボトルの水やらお茶やら紅茶やらと不思議なのが海苔!おやつに海苔だよ!!日本人にはご飯の友だからびっくりしてたよ、みんな。

で、バスガイドももちろんいない。みんな寝るか喋るだけの時間が過ぎていく。

バスの中は多国籍で一人のイギリス人と仲良くなった。
彼の名前が「ヘンリー・ウイリアムス」なのでつけた呼び名はもちろん「王子」。
すごくフレンドリーな彼の家のホームパーティに行ったらまるでそこはイギリス!
3階建ての家の1階は卓球台もあって本当に英国の家そのもの。そのような交流がこの留学生活の醍醐味かな?
私は彼から「アツ」とあだ名がつけられた。
それはバスの中が暑かったので「暑い、暑い」と連呼していたらその言葉を気に入ったみたいで・・・

それからビックリしたこと。1泊目のホテルを出発する時、タオル1式をもって出ただろうと疑惑をかけられたこと。
もちろんそんなもの持ってきていない!濡れ衣だぁ〜ってんで私も怒ったよ!!
バスの中は他にもあれを灰皿をもってきただろうとかいろいろ言われてる人がいて、こんな事は日本では考えれらないでしょ?
そう言うホテルも持って帰るお客さんもたくさんいた事。(そりゃ私も以前は灰皿くらいは・・・)

杭州は西湖が有名でその周辺の観光にその名も知れた「龍井茶」の龍井村に行ってみた。そこは本当に山奥みたいなところで・・・
しかし時間がなかったのでお茶を買えたのは私だけ。要領よくやったからね。

そして私がここ中国に染まったと感じたことは杭州で夜。
夕食後みんなでコーヒーを飲もうとコーヒーショップに出かけたとき、そこの店が日本円と同じ価格でビックリして、でも日本だったら絶対にしないと思われる行動に出た時。
それは高いからと言ってその店を出た事。
日本にいた時なら格好が悪いからと思って我慢してそこのコーヒーを飲んだと思う。
でも「高いわ!」って理由も言ってそこを後にした。
自分でもすごいなぁって思ったわ。
人間は環境に左右されるもんだなぁと本当に思った。

西湖は本当の気に入ったのでまた是非とも行きたいところだね。



2002年 11月1日(金曜日)


  先週は近くの大きなスーパーに初めて行ってみたんだけど、出口でレシートと中身をチェックされるって言う事でいかに万引きが多いかということがわかるね。
そして最悪な事に日曜日、上海のガイドブックには必ず載っているという襄陽路服装市場っていうところで携帯電話がスリに合いました。
財布は大丈夫だったんだけど、実は財布より高いのが携帯電話。新しいものを買うのに1万3千円もかかっちゃった!(盗られたのはもっと高い!3万5千円くらいだったかな?)
盗んだそれはどうするかって現地人の友達に聞いたら、中古ショップに売るんだって。
でも充電器もないんだから500元(日本円で7千円位)くらいにしかならないんだって。
しかし一般的に中国人の1ヶ月の給料でパートのおばちゃんでそれ位みたいだから結構な金額かもしれないね。
以前添乗をしていた頃はお客様がスリに合ったのは2回経験あったけど私としては初めての経験でやはりショックだったわ。
本当に気を付けないと駄目だなって認識した出来事でした。



2002年 10月16日(水曜日)


  私は当たり前ですが中国語のみの授業に悪戦苦闘している毎日です。
クラスメイトは日本人が3分の1で後は韓国人、インドネシア人などの構成です。
年齢層も幅広く、お母さん世代や企業戦士のオジサマ方、20代前半の方と様々です。
私はみなから1ヶ月の遅れをとっているので必死!!
お金は全て勉強にあてようと、今日から夜はマンツーマンのレッスンを受けていく勢 いです!
ここ上海はまだまだ暑い日が続いておりますが日本はどうなのかな?
今はある中国の旅行会社でアルバイトをしております。
試用期間だからこれからどうなるかは定かではありませんが・・・

最近では薄れてしまいましたが、こちらに来た当初は面白い発見の連続でした。

本当に不思議な事ばかりだったよ・・・
スーパーのショッピングカートに、商品でなく子供が乗っていて本を読んでいたりアイスを食べていたりしてそれをその親が押してるの。
おいおい、そこには食べ物もいれるんだよ!って叫びそうになったよ。

レジにならんでいると平気で横はいりしてるくしスーパーにして戦場の様で、来た頃は負けていたけど今は私も負けてない!
横はいりの人には日本語で文句を言い放っているよ。

今は、中国語の授業に集中している毎日なので、なかなかレポートも出来ないですが、また何かあったらお知らせしたいと思います。

ではまた、再見!!



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